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オリジナルBL・百合小置き場

BL「待っててください」

「待っててください」



ある日突然、うちの会社が倒産した。中東で石油を扱っていた父は、いわゆる石油王というやつである。ここのところ、石油価格も上昇しており、利益も十分得られていた。息子である僕は、将来会社を継ぐべく、見解を広めるため、色々な国の大学に留学しているところであった。アメリカ、イギリス、インド、中国、イタリア、フランス……現在留学しているのは日本だ。そして、倒産の知らせを聞いたのも日本であった。


とにかく困った。まず収入がない。仕送りに頼って生活していたため、仕送りがストップしたらもう何もできない。どこも短期留学だったのでバイトもなかなかできなかったし、貯金していた口座は凍結されていた。お金がない。そうすると、次は食べるものがない、住む場所がない。
帰るための費用もないし、帰ったところで倒産の後処理をする親にとって負担になってしまうだろう。どうにかして自立せねば。


倒産の知らせから三日。なんとかしようと色々頑張っているのだが、もうとにかく日本のビザの制度や外国人に対する日本人の態度への不満が溜まってきている。もうほんと帰りたい。もうほんと帰りたい!!

でも帰れない!!


お金もない、時間もない、頼れる人もいない、帰れない。言語も勉強している途中で、難しいことは理解できない。自分を保護してくれる制度も見つけられない。
ないない尽くしで、とうとう涙が出てきてしまった。もう無理かもしれない。大学の帰り道、べそべそと泣きながら歩いていると、知り合いに遭遇した。
サークルの先輩だ。


「おう、ハッサン。どうしたそんなに泣いて」
「実は……」

先輩は僕の所属するサークルのOBである。僕は、外国人と交流するサークルに所属していて、そこで先輩は僕の母国の言葉を勉強していたらしい。その国出身の留学生である僕に、語学を教えてほしいと声をかけてくれた人で、見知らぬ場所で心細かった僕にとってとても頼れる人だった。先輩はサークルに来ると必ず僕としゃべってくれて、とても信頼している相手だ。
悲しみのあまり日本語もしゃべれず、母国語で泣き言を漏らす僕にも、いつものようにやさしくしてくれた。


「ひとまず俺んとこで過ごすか?学費は払ってあるんだろう?卒業したら働いて労働者用のビザを取得すればいい」


そう励ましてくれる先輩。本当にやさしくて、穏やかで、いつもお世話をみてくれる先輩。ぼろぼろ泣きながら、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返し、と先輩のあとをついていったのであった。



先輩の住む家に着いた。一軒家。家族と暮らしているらしい。

「お邪魔します……」
「いらっしゃい」

先にご家族に話を通しておいてくれたらしく、ご家族の方も温かく迎え入れてくれた。

「今日は先に来客があって……少し驚くかもしれないけど、大丈夫だから」

お母様に言われて、ちょっと不思議に思っ た。驚くような相手とは……


「おーっす兄ちゃんお帰り。お客さん?」
「お義兄さんお邪魔しています。……そちらのかたははじめましてですよね、魔王ともうします」
「あ、おれは誠司です」

魔王。魔王!?
驚いたどころの話ではなかった。魔王。確かに角が生えている。隣に座るのはどうみてもやんちゃしてますな不良男子……これは一体……

「せ、先輩」
「安心して大丈夫だ。ハッサンが心配することはない。」
「安心……魔王……不良……???」

混乱する僕を見て、先輩は「俺の部屋にいこう」と気を使ってくれた。魔王と同じ空間にいるのは結構しんどかったので、助かった。やはり先輩はやさしくて気の効く人だ。


……とほっとしたのも束の間。先輩の部屋もなかなかショッキングだった。

基本的にはきれいに整った、さわやかな雰囲気の部屋だった。社会人らしく、スーツが掛けてあったり、専門書やパソコンが置いてあったり。しかし、部屋の片隅には謎の液体が着いた鉄パイプ、写真立てには短ランで鉄パイプをもったいかにも!な不良の写真が。

「……先輩は、不良なのですか」
「元ヤンってやつ」
「元ヤンの意味がわかりません」
「前は不良だったけど、今はそうじゃないってこと」

なるほど、無駄な日本語知識が増えた。

「弟さんは……」
「あいつは現役。父も引退したけど、最近はゴタゴタが多くて復帰してたみたいだな。」
「お父様も……」
「母さんもレディースの総長だったよ」

ちなみにレディースっていうのは女性の不良グループのこと、そのトップが総長。
やさしく説明してくれる先輩。しかし内容が内容である。また無駄な知識が増えた。

よく分からない日本の文化に触れ、ぶるぶるしている僕に、先輩はやさしく
「嫌だったか?怖い?」
と聞いてきた。

「……怖くはないです」
「それはよかった。最近はもう殴る蹴るしてないし、足を洗ったから安心してくれ」

にっこり笑う先輩。
足を洗うってなんだろう。……もう聞かないでおこう。

しかし……

「あの、魔王というのは……」
魔界のトップだな。あー、そんで弟の夫。俺の義理の弟ってことになるかな」
「そんなことがあり得るんですね!」


何てことだ。ここ数日で僕の世界はがらりと変わった。石油王の息子から、無一文の学生に。異界の存在との遭遇。知らなかった先輩の過去。不良という日本文化。


「僕、これからどうすれば……」
「結婚でもするか?」
「はい?!」

結婚して帰化すればいいじゃん。ビザの問題はこれで解決。

にこにこしながら言う先輩。

「だ、誰と結婚をすれば」
「そりゃ俺でしょ」

ですよね。

「ま、ビザが切れるまでに返事くれたらいいよ。それまでうちで面倒見るからさ」

だからといって、恩義で返事を強制してるわけじゃないから。

きっちりと言ってくれる先輩。やっぱり先輩は、僕の知ってる先輩と変わりはなかった。元ヤンだし、ヤンキー家族に魔王の義兄ではあるけれども、優しいところも、穏やかなところも、世話焼きなところも、みんな僕の知ってる、大好きな先輩だ。

「お返事はまだできませんが、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げた僕の頭を、先輩はよしよしとなでてくれた。





それから。
弟さんのつてで、石油王の息子さんを紹介してもらい、うちの事業の建て直しができるよう取り計らってもらった。それから僕は、先輩の家でお世話になりつつ、日給でお金をぽちぽちと稼いでは株につぎ込んで資産を増やしているところである。やはり自立はしたい。自立をして……


「先輩、あの、前にいってたあの話はまだ有効ですか」
「あの話?」
「あのー、あの、結婚の……」

ああ!と思い出してくれた先輩。

「僕、あの、自立したら……自立したら先輩と結婚したいです」
「養ってやるのに」
「先輩と対等な立場で結婚したいんです。甘えないで、ちゃんとした大人になって先輩と結婚したい。」
「そうか、ハッサンはえらいな」

よしよしと頭を撫でてくれる先輩。うれしい。

魔王の存在にもなれたし、不良の喧嘩にもなれた。日本社会にも馴染みつつある。
実家の事業も建て直しができそうだし、僕個人の資産も増えていっている。
ちょっとずつ変わる僕の世界。でも、そんななかで先輩は相変わらずやさしくて、穏やかで世話焼き。相変わらず、好きな相手だ。


「必ず自立します。だから待っててください」
「いつまでも待つよ」


やさしい先輩の言葉。
いつか、結婚するんだ。心に決めて、今日も日本で生きていく。