9×9

オリジナルBL・百合小置き場

BL「武藤さんの朝」(2)

武藤さんの朝(2)



朝、あの店に行かなくなってしばらくがたった。相変わらず、一人で飲むコーヒーは美味しくない。豆のグレードをあげてみたり、あの店で豆を購入してみても、味気なさはどうにもならなかった。ハヤカワ君マジック。小学生のような単語が浮かぶ。ハヤカワ君がいれてくれていたから、「いつもありがとうございます。」とこえをかけていてくれたから、きっと美味しく感じていたのだろう。ハヤカワ君がいれば。

そう思ってもどうしようもない。なんだか調子があがらないまま、仕事をこなす日々。
そんなある日、吉岡が吉報をもたらした。

「以前朝のシフトに入っていた男の子、最近は昼に働いているようですよ。」

話を聞くに、吉岡はハヤカワ君の後に働きだした女の子が気になるようで、わたしと入れ替わるように朝コーヒーを買いにいくようになったらしい。女の子にハヤカワ君のことを尋ねたところ、ハヤカワ君は昼のシフトになったとのことで、実際昼間にふらりと店に寄ってみたところ、前と変わらぬ丁寧さで働いていたのだとか。

ハヤカワ君は辞めたわけではないのか。会おうと思えば会える。そのことにほっとした。しかし、わたしは仕事の都合上、昼間に外出することは難しい。ハヤカワ君が近くにいるのに、会いに行けないことがもどかしかった。

なぜただの店員にここまで執着するのか。もう分かっている。伝えることができれば。また、朝に会えないだろうか。もしもう一度彼に会えれば、今度はもっと話しかけてみよう。そして、いずれはカウンターを越えた関係を築くのだ。
そんなに都合のいいことが起きるだろうか。しかし諦めようという気にはならない。もしもはきっと起きる。起きないなら自分で起こせばいい。これだけ想っているのだから、きっとなんとかなるだろう。今までもそうやって生きてきた。自分の予感を信じればいい。そうして次の日から、またコーヒーショップ通いをすることを決めた。


結果から言えば、自分の勘を信じて正解だった、というところだろうか。いつの間にか、ハヤカワ君はまた朝に働くようになっていたらしい。店に入って、彼の姿を見つけたときには、予想以上の高揚感が体を駆け抜けた。最高のタイミングだった。

好きな相手の前では格好をつけたい。
「ああ、きみか」なんて、あたかも偶然を装い、またコーヒーショップ通いを始めた。また同じ過ちを犯さないように。毎朝、できるだけハヤカワ君に話しかけるように心がけた。カウンターをはさんでいるからなんだというのだ。こんな木の仕切りなど気にしていてはなにも始まらない。カウンター越しの会話も楽しいけれど、わたしはカウンター等取り払った関係がほしいのだ。今度はもう見失わないように。

ハヤカワ君は無口な方であるようだが、しばらくすると打ち解けて返事をくれるようになった。たまに見せてくれる笑顔は最高だ。ハヤカワ君の「いつもありがとうございます。」という声を聞いて出勤する。ハヤカワ君のいれるコーヒーは、何故かとても美味しい。満足だった。このままよい関係を維持し、なんとかしていずれかはハヤカワ君との仲を深めたい。


そんな野望を抱えつつ、毎朝コーヒーショップに通っていたのだが、ある日から突然、ハヤカワ君が落ち込んだ様子を見せるようになった。

慌てた。落ち込むハヤカワ君にデジャヴを感じたのだ。また前回のように、ハヤカワ君は消えてしまうのではないか。そんなことになる前に、一刻も早くハヤカワ君につたえなければならないことがある。早く。


心を決めた次の日。ハヤカワ君が落ち込んでいた理由がわかった。ここの店がなくなるらしい。正しくは移転、とのことだが、ハヤカワ君はどうもわたしと会えなくなるのが残念に感じているようであった。
これはチャンスだ。いや、チャンスに変えてみせる。