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オリジナルBL・百合小置き場

BL「カウンター越しの恋」(5)

「カウンター越しの恋」(5)

朝のシフトに戻ってから一週間。僕の懸念とは違い、彼が店を訪れることはなかった。僕が昼のシフトに入っていた間に、彼はコーヒーを飲む習慣を止めたのか、それとも別の店に通うようになったのか。理由はわからないけれども、とにかくぱたりと姿を消したようであった。安心半分、落胆半分で、毎朝の仕事をこなしながら、彼のいない朝にもなれつつあった頃。

突然彼は姿を現した。

あの頃と同じ注文をし、コーヒーを抽出する僕の方にやってくる彼。相変わらずぱりっとしたスーツを身につけ、こつこつと革靴をならしながら歩いてくる。僕の方も、彼に対する気持ちは相変わらずだったようだ。忘れたと思っていた気持ちが、また込み上げてくるのを感じた。

コントロールできない。彼への感情に振り回されないよう、俯きがちにコーヒーをカウンターに置いた。

「ブレンドコーヒーでお待ちの方」

通常通り。他の客と変わらない対応を心がけて。心臓のはやりを悟られぬよう。
苦心する僕を尻目に、突然その時は来た。

「ああ君か。久しぶりだな」

驚いた。まさか、彼の方から話しかけてくるなんて。僕に。この僕に話しかけてくれた。僕を覚えてくれていた!
想像も出来なかった展開に、心が追い付かないまま、しどろもどろで返事をする。

「あの、最近は、昼に働いているんです」

僕の返答に、彼はそうか、と頷いたあと、とんでもないことを言い出した。

「朝、君と会うのが楽しみだったんだけどね。辞めてしまったものだと思っていた。」
「なにかつまらない気持ちになって、しばらくこの店に通うこともなかったが、今日君に会えてよかったよ。」

死ぬかと思った。これは夢じゃないだろうか?朝だし、寝ぼけているのかも。こんな、こんなことを言ってもらえるなんて、何かの間違いじゃないんだろうか。
心の整理がつかないまま、しかし確実に顔が赤くなっていくのを感じた。嬉しい。恥ずかしい。彼に話しかけられたい。そんな過去の願いが、今叶ったのだ。

なのに口から出る言葉はちぐはぐで、
「でも、僕のあとにいた女の子はかわいかったでしょう。」
なんてひねくれたことを言ってしまう。

そんな僕に、彼は
「部下は気に入ったようだけど、わたしはやはり君と会うのが楽しかったから」
「これからも朝のシフトでいるのか?それならまたここに通うようにしよう。」
などと言ってくる。

本当に、夢なのではないか。
驚き、疑う。でもそれ以上に嬉しさでいっぱいいっぱいになった僕は、蚊の鳴くような声で、「はい」と答えるのが精一杯であった。

「じゃあまた明日。」
入れたてのコーヒーを持って去る彼の背中を見ながら、呆然としてしまった。まさか、まさかの出来事に、パンクしそうである。その日は、一日で夢心地で過ごした。

「また明日」
明日。明日また会える。今までの苦しみが嘘のように消え、弾む心に現金だなあと苦笑する。「また明日」、明日も会える。もしかしたら、明後日も、その次の日も、また前のように毎日会えるようになるかもしれない。

そんな期待を胸に、その日を終えたのであった。