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オリジナルBL・百合小置き場

BL「カウンター越しの恋」(3)

「カウンター越しの恋」(3)

あの日から、僕は朝のシフトを減らしていった。元々は昼間の時間帯に働いていたを、彼の声を聞く為だけに朝のシフトをいれていたのだ。願いが叶った今、朝眠い目を擦りながら出勤するなんてことはしなくてもいいじゃないか。朝、ゆっくりと起きて、大学に行き、バイトをして、帰る。普通の生活に戻ろう。

そうやって、いつの間にか朝働くことはなくなっていった。淡々と過ぎる毎日。たまに彼の声が頭の中で響くことはあるけれど、自分に向けたものではないあの声を思い出したって虚しいだけだ。忘れてしまえばいい。ただのお客さんの内の一人でしかないのだから。朝毎日顔を合わせていたから情が湧いただけ。恋だなんて、思っていた頃が馬鹿みたいだ。ただ、情が湧いただけなんだから。


徐々に徐々に、彼を忘れていった頃。思わぬ人が店を訪れた。

「やあ、こんにちは。」

彼の声を聞いたときに、側にいた部下の男性だ。まだ若く、初めて見たときと同じようにスマートにスーツを着こなし、はつらつとした表情であった。

「いつもこの時間帯に働いているの?前にあったときは朝だったね。」

前と同じクリームフラペチーノを作る僕に、話しかけてくる男性。
「てっきり朝のシフトでやっているものだと思っていたよ。武藤さんがね、そう言っていたから。」

武藤さん。彼は武藤という名前だったのか。新鮮な気持ちと共に、また、間接的にしか情報を得られない立場であることを痛感した。でも、そうだ、彼は、武藤さんは、僕のことを認識してくれていたのだ。認識してくれていたのだ!まさか思ってもいなかった情報に、小躍りしたい気持ちになった。彼は、武藤さんは、僕のことを覚えてくれていた!

静かに興奮する僕を尻目に、男性はすらすらとしゃべっていく。
「最近は、朝のバイトが女の子に変わったんだね。あの子、とても可愛くていい子だ。いつもカップにメッセージをくれる。」
「武藤さんも喜んでいるみたいだよ。」


一気にどん底に落ちたような気分だった。女の子。確かに最近朝入っている子は可愛らしい女の子だ。愛想もよく、サービスも丁寧。僕みたいに、同じ挨拶を繰り返すだけのそっけない店員じゃない。女の子で、可愛くて、そして、武藤さんを喜ばせることのできる存在。カウンターを越えられなかった僕とは違う。カウンター越しに、店員を装いながら、彼を想うようなこそこそした子じゃない。

武藤さんに覚えてもらっていたからなんだっていうんだ。彼と話すことも出来なかった。店員として彼を喜ばせることすらも出来なかった。


僕は所詮無愛想な店員だ。毎日顔を会わせていただけの存在。武藤さんの中で、自分はその程度の存在だったのだ。改めて実感した。改めなくても知っていたけれど。知っていたから離れたのだけれど。忘れたと思って、いたのだけれど。未だに、彼の行動に一喜一憂してしまう自分が、馬鹿みたいだった。まだ諦めきれない。まだ嫉妬の念を抱いてしまう。おこがましい感情だ。高望みだ。分かっているのに、思うことがやめられない。

そのあとその男性は、出来上がったフラペチーノを片手に去っていった。

絶望と虚しさに包まれた僕を残して。きっと武藤さんの所に行くのだろう。カウンターから出られない、僕を残して。