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オリジナルBL・百合小置き場

BL「カウンター越しの恋」(2)

「カウンター越しの恋」(2)


その日はいつもと違っていた。今日もまた、彼にコーヒーを渡すべく、早朝から働いていた。今日は、カップにメッセージを書いてみようか。「いつもお疲れ様です。」そんな陳腐な言葉しか思い付かないけれど、もしかしたら彼との会話のきっかけになるかもしれない。こちらを見てくれるかもしれない。けれども、もしかしたら迷惑になってしまうかも。少しの怯え、小さな興奮、そしてためらいと希望。そんな気持ちを抱えながら、彼を待っていた。

そしていつもの時間に彼はやって来た。しかし、その日はいつもと違い、もう一人若い男性を連れていた。その人もまた、ピシッとしたスーツを身にまとい、スマートな佇まいであった。おそらく部下であろうその人は、当たり前のように彼の隣に寄り添っていた。

「何を頼んだんだ」

それが、僕が初めて彼の声を聞いた瞬間だった。低めで、しっかり通る声。そのぴしりとした雰囲気を表したような、芯が通った声。彼は、こんな声だったのか。こんな話し方だったのか。声を聞いてみたい。そう思うようになって数ヶ月。やっと僕はその望みを叶えることができた。しかし、その声が、自分にかけられたものではないことに、寂しさと、落胆を味わった。
「新作のフラペチーノを頼みました」
あくまでも彼は、部下に対して話しかけただけだった。
「フラペチーノは甘くて俺には飲めない」
「そうですか?以外と苦味もあって美味しいですよ。一口どうですか」
「いや、遠慮しておく」

僕がコーヒーの準備をしている間も、彼と部下とのやり取りは続いていた。一抹の寂しさ、そして羨み。カウンターで仕切られた空間で、僕は「あちら側」には行けないのだ。僕は永遠に、「こちら側」でコーヒーを渡すことしかできない。

「いつもこの時間にコーヒーを?」
「ああ」
「朝早くからお疲れ様です」

続く会話を聞きながら、出来上がった商品をカウンターに乗せる。
「お待たせいたしました。ドリップコーヒーとクリームフラペチーノでお待ちの方」
今日もまた、いつも通り彼にコーヒーを手渡して、いつも通りあいさつをして終わり。

「いつもありがとうございます」

そして彼もまた、いつも通り会釈をして去っていった。

声が聞けてよかった。望みが叶ったじゃないか。そうだ。僕の望みは叶ったのだ。なのに、物足りなく感じてしまうのはわがままだろうか。僕にも声をかけてほしかった。誰かに話す彼を見るのではなくて、自分に話しかけてほしかった。

「いつもお疲れ様です。」そんな一言もかけられない。いや、かけたところで、いつも通り会釈を返されれて終わりなのかもしれない。だって僕はただの店員だ。毎日のように顔を合わせているといっても、やはり他人。所詮カウンター越しにコーヒーを提供するだけの存在。目に留めてもらえるはずなんかない。望みを持つこと自体が間違っているのだ。

ああ、僕はなんて愚かだったんだろう。高望みをして、勝手に落ち込み、見知らぬ人にまで嫉妬をしている。流石に僕だって気づいている。これが恋だということを。けれども、この恋が叶うことはないだろう。僕と彼の関係はこの先も平行線だ。店員と客。それ以上の関係など望めない。もう、のぞまない。